T-1 生化学系の実験室での心得
(その2)

 〜実験を安全に行うために〜

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※ マニュアル本文は学生に配布するマニュアル本文の内容です。
※ 解説は、私が実験指導中に口頭で伝えた内容を文章化しました。主に実験前の説明で解説することを前提にしています。マニュアルには記述してない、非常に重要な内容を含みます。解説がこのホームページの中心と考えています。これから実験を学ぶ学生に特に読んでいただきたいと希望しています
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 マニュアル本文

 解説

  4:実験を行うにあたり  
 実験を行うにあたり、実験の目的を十分に理解した後で進めること。  解説19:不明な点を残したまま実験を行うことはミスにつながり、さらに危険を伴う場合があります。

 4−1:実験ノートを作成する

 実験ノートは大きさがA4版が好ましく、あらかじめ綴じられてページの順番を変えたりばらばらにできないものを用いる。  解説20:現在、ノートのサイズはB5版とA4版の2種類が一般的です。
 実験ノートとしてはA4版を使用します。
 実験ノートは実験についての様々な事項を記載します。
 実験開始前に、自分なりの実験マニュアル(実験手順)を記入するだけでなく、スケッチを描いたり、生データを記載するための簡単な手作りの表を作成したりします。
 また、一回の連続した実験では見開き1ページにすべてが記載されている方が、実験中にノートをめくる必要が無いので便利です。実験操作中にノートを参照するためにページをめくる手間は避けたいはずです。
 これらの理由からできるだけ大きなサイズをしようします。
 解説21:綴じたものとは、レポート用紙や、金具やプラスチックなどで取り外しが自由でページを変更できるタイプではなく、製本された市販の大学ノートなどのことです。ページが取り外しできるタイプやばらばらになるレポート用紙では、実験直後はきちんとまとめられていても、何かの必要が生じたときに記載されているページだけを取り外して参照し、後で戻すつもりでも時間が経つと忘れて紛失します。綴じられたノートであればこれはありません。
 学校での授業としての実験は、二度と同じ実験ができないことが多いです。また、仕事としての実験では記録が重要です。したがって、実験の内容や結果を詳細に記載してある記録は、後述する特許などの意味(下記【参考】)も含めて一生持っていて意味があります。
 別の研究をしているとき、突然あのとき行った実験の条件や結果が知りたいと思うことがあります。筆者は、大学時代の自分の実験ノートのうち、ばらばらの記録はいつの間にか無くなりましたが、綴じられたノートに記載した記録だけは今でもすぐに見ることができるし、実際に参照することがありました。
 4−2:実験ノートの記載方法
 一回の連続した実験の内容は、できるだけ見開きの1ページに記載する。
 実験計画(目的、方法等)は見開きの左側のページに、結果のデータは右側のページに記載する。
 実験ノートでは消しゴムを使わない。結果のデータや計算式は、間違い部分を消さずに二本線を引いて修正し、後日、実験中どのような間違いをしたかがわかるようにする。
 解説22:これは非常に大切で、実験結果が予想と異なる場合、原因が操作ミスや計算ミスであるかどうかを検討する上で非常に大きな意味を持つことが多い。学生時代の操作ミスや試薬調製の計算ミスは本人にとって大切な宝です。
   @前準備
 あらかじめ実験の内容を理解して実験当日までに実験計画を記載し、試薬の濃度計算を行い、使用する器具の種類、数などをすべて記載する。このとき、計算結果のみでなく、式も必ず記載しておく。
 解説23:実験前にあらかじめ実験計画を自分の手で記載することが必要。このとき頭の中で実験のシミュレーションを行うことになり、実験の目的、操作方法などを自分で理解できます。
 学生実験は初めて行う項目が多いはずです。指導教員から実験計画書を渡されても何をするのかさっぱりわからないことが多いでしょう。でも自分のわかる範囲で実験計画を作りましょう。
 実験前には教員から説明をうけますが、このとき、あらかじめ自分で実験計画を記載してあると、たとえ間違えた実験計画をつくってあっても、受けた説明に対する理解度が大きく違うことはわかりますよね。
   A実験中
 実験ノートの実験計画部分は実験中常に参照するために開いて置いておきます。
 得られた結果のデータを記載し、実験中新たに行った計算も式とともに必ず記載します。実験中に観察された様々な事象や、操作中に考えた新たな発想もメモとしてできる限り記載します。
 解説24:実験中はあらかじめ指示書を見て自分なりに作成した実験ノートとボールペン(黒と赤が1本になっているものがよいかも)のみが実験台に載っており、参照した指示書や参考文献は鞄などにしまっておきます。消しゴムなどはどんな場合もまったく不要です。
解説25:学生実験では、共同で実験をすることがほとんどです。得られたデータはその場では記録役の学生のノートに記載されますが、共同実験者はその日のうちに、データを自分のノートに転記しておきます。
 後日結果のデータが必要になった時、データを持った共同実験者が欠席だったり、実験ノートを家にわすれたり、自分の家でデータの検討をしようとしてもデータが無いという事態が起こらないように注意します。 
   B実験終了後
 レポートを作成するために、データをまとめます。
 データをパソコン(PC)へ入力してグラフ化したり、どのような結論が得られたかを自分なりに解析して、自分の実験ノートで文章化します。記載する場所は、実験操作中ではないので見開きページにこだわる必要はありませんが、後日参照するためには可能な限り見開きページに記載した方が便利です。
 レポートはこの実験ノートを参照
し、これをまとめるという形で自動的に作成できます。
 解説26:データ処理の原則として、人に見せる(レポートも含まれます)ためにはデータを視覚化する必要があります。視覚化するにも様々な方法がありますが、これには絶対にPCを使いましょう。PCでデータ処理を行うことに精通することは非常に大切な技能です。エクセルなどのソフトウエアを使用して表を作成し、どのようなグラフを作成すれば人に理解してもらえるか(まず人に興味を持って見てもらえるか)を考える必要があります。データの処理方法も実験者のセンスを問われます。センスを磨くためには、データ処理を数多くこなしてさまざまな経験を積むことがもっとも近道です。
 レポート提出というととてもいやがる学生が多いですが、実験は、実験操作してデータを得ただけでは終了しません。実験の意義、各操作の意味を理解し、得られた結果を解釈し、この結果を他の人にアピールする(レポート作製)までのすべてが実験で要求されることです。これらをすべてクリアするためにはレポートを作ることが必要です。また、レポートを作成して初めて実験の意義、各操作の意味が理解できることはよくあります。このためにも実験のレポートは必ず作成します。
 レポートを作成するとき、きちんと記載された自分の実験ノートがあれば書式に従った部分は楽に作れます。したがって、レポート作成の時は文章の内容やグラフの良否などに気を遣うだけの余裕ができ、よりよいレポート作成が可能になります。

 【参考】 企業における実験ノートの意義


 日本やヨーロッパ諸国の特許法では、先出願主義をとっていますが、アメリカ合衆国のみは先発明主義をとっています。先発明主義とは、同一発明について、出願が競合した場合、最先に発明したものに特許を付与するとする考え方です。
 このため、アメリカに出願した特許権について、その特許が最先に発明した発明であることを証明する必要が生じる場合があります。一定の条件が備わった実験ノートは優先権を証明する証拠として認められています。特許権に関する係争が生じたとき、実験ノートを証拠として裁判所に提出し、自己の特許権の正当性を主張することは、企業に所属する研究者の義務です。
 証拠として認められる条件のいくつかを挙げると、
  ノートの右ページ上に日付があり、
  その日の実験の終了場所に線を引き、実験者の署名がある。
  実験後数日中に共同研究者以外の第三者(通常は担当する上司)が内容を確認した署名がある。
  ノートは詰めて書かれており、空間がなく、後日に追記してない。
  ページの余白を斜線で消してあり、一日の実験は常にページの初めから書かれている。訂正や削除は一本線で消され、訂正削除の理由と日付が書かれ、署名がある、などです。詳しくは企業に入ってから勉強すればよいですが、今は実験ノートの重要性について認識しておいてください。

 【参照】実験室とパソコン(PC)について


 実験者にとって、PC使用は必須です。
データ処理、データの視覚化、報告書の作成、結果のプレゼンテーションなどでPCを使用することは、学生の時より、就職した後で絶対に必要になります。
学生の時に使いこなしておく必要があります。
また、実験室内でもPCを使用した方が便利なことが多いです。
 しかし、実験室内でPCを使用する時問題があります。
PCはいくら安くなったとはいえ、まだ高価格で貴重品です。
試薬を使用することが前提になっている実験室では、様々なトラブルが予想できます。
現在の市販PCは、カバーを掛けるなどの対策をしてないと、キーボードにコーヒーをこぼしても壊れますね。
硫酸と仲が良いPCはありますか?さらに揮発性があり、腐食性の強い試薬を扱う環境では、PCを持ち込まない方が良いでしょう。
 実験室には様々な実験機器類がたくさんありますが、これらの機器類は実験室で使用することが前提で、対策が施されています。
ここが市販のPCと違うところです。

 ここで紙製の実験ノートとの関係について考えてみましょう。
 PCがあれば実験ノートは不要になると考えませんか?
 いくつかの点を除けば、PCが近くにあると便利なことが多いでしょう。
 このいくつかのうちの一つは高価で水分や試薬に弱いことです。
PCを試薬や溶液を扱うガラス器具などの隣に常置して使用することを考えると、筆者は実験台に置くことをためらいます。
揮発性・腐食性ガスなどが無い実験室だとしても、数歩離れた別の安全な場所に置きたいです。
とすると、実験中のいそがしい時に手元に置いて参照できる実験ノートが必要になります。
 学生実験では、共同実験者もいます。
自分が注意しても、他の学生が器具を倒したり、試薬や溶液をこぼしたりしたとき、高価なPCの場合は深刻なトラブルになりかねないでしょう。
実験中はできるだけ意識を実験に集中させたいですね。
余分な気を遣う必要がない方が良いでしょう。
 実験ノートとの重要な違いはまだあります。
 PCのデータは後刻簡単に書き換えることができます。
ここが良いところですが、操作ミス、計算ミスなどの記録も簡単に消えてしまいます。
時には重要な生データを簡単な操作ミスで永遠に失うこともあります。
紙のデータも紛失や焼却すれば同じですが、ボタン一つの押し間違いより確率は低いでしょう。
記録の保持ということでは綴じた紙製のノートに軍配をあげたいです。
 実験室でのPC使用については現在はまだ過渡期にあると考えます。
時と場合により、それぞれの実験室で考える必要があります。
 学校の場合は行う実験の内容、危険性を承知している指導教員の指示に従いましょう。